納税者への説明の難しさ

 2020年02月01日

(第551号掲載)

消費税率の改正と軽減税率導入や年末調整の書類増加など従来の税理士事務所の業務量というかチェックする時間が格段に増加してきた。もちろんこれらの業務量の増加は従来の顧問報酬の範囲内で行っているところが多数だと思う。また税制に関しても消費税などは納税義務の判定や軽減税率の導入によって税額計算など年々複雑怪奇になっていくし、所得税の計算も所得金額によって税額計算がより細分化されてきた。

税理士にとっても複雑になってきた税制を納税者に説明していくのは非常に難しくなってきた。顧問先の経理担当者の税制に関しての知識の多寡にもよるが、知識豊富で優秀な経理担当者でも最近の税制については難しいとのことで解説を求められることが多い。よく考えてみると経理担当者は自ら税制の勉強をしていない場合には、当然に税理士事務所から税制について知識を得ることになる。通常は会計資料の説明に終始してしまうところであるが、最近は税務指導(税務相談ではない)の時間が増加してきた。

消費税の改正や年末調整のやり方などのパンフレットが納税者に送られているが実際にどのくらいの人が読んでいるだろうか。もちろん事務所からの案内で「消費税のパンフレットの●ページから●ページまでは目を通しておいてください」とアナウンスするものの実際に会計データをみてみると修正点が多い。分かりやすく書いてあるパンフレットだとは思うが、税理士には簡単でも納税者には難しいだろう。国税側も苦労して作ってはいるが結局は現場サイドに指導を任せるしかない。これからインボイス制度が導入されることを考えると頭を抱える。いくら指導を徹底していても間違えるときは間違える。それでも間違っていた際には専門家責任を問われることになろう。このあたりのところが今後の顧問先との関係をいかにして構築していくか考えさせられるところになる。

顧問先にどれだけの情報を伝えておくかということに頭を悩ますことは多い。昨年の借入金による不動産取得を行った納税者の相続対策に関して、路線価評価ではなく鑑定士による時価評価によることとして更正を行った処分を適法と判断した地裁判決があったが、これなどは最たるものであろう。その他役員退職金の金額や非常勤役員の報酬など税務調査で問題となる論点は多い。税務知識が豊富な顧問先であれば説明に関して話がかみ合うであろうが、大方の顧問先は「難しいことは分からないので先生にお任せします」と言われてしまい、できるだけ保守的な処理になってしまうのはやむをえないことなのだろう。

医療業界では知識の多い患者に関しては幅広い提案を行って、その中から患者が自分に合った治療方針を選択することが出来るが、通常は知識のない患者が多数であるから、医者に治療方針の説明を受け最終的には医者に任せることになる。もちろん任せた場合であっても手術を受ける際には同意書にサインをすることになる。一方税理士はどうだろうか。税務処理が複数あった場合や税務上の判断がグレーゾーンの場合に、税理士から説明があり納得した旨の同意書はどのくらいの割合で取得しているだろうか。弁護士などからは税賠を防ぐための顧問契約書のひな型などが売られているが、やはり防衛のためには顧問先との普段からのコミュニケーションは非常に重要なことだと思う。

ある研修で税務上のリスクが大きいスキームの解説があった。この説明の際に講師の方は「このスキームは租税回避に近いのでお客様に進めるべきではないが、説明したいのは、このように使ってはいけないスキームというものがあるのだということを説明しておくのも専門家責任としてある」という言葉に衝撃を受けた。「やってはいけない」ということも納税者には当然に知らしめておくべきで、このやってはいけないというスキームをどこまで説明しておくのかが顧問先によってそれぞれ判断しなければならないので非常に難しいところである。何年たっても顧問先とのコミュニケーションは考えさせられる。