税理士法改正と反面調査

 2022年11月07日

新宿支部 菊池 純

(第572・573号合併号)

 税理士法の改正を含む「所得税法等の一部を改正する法律案」が、令和4年3月22 日の参議院本会議で可決・成立した。

1.国税庁の税理士法改正意見

 日本税理士会連合会(以下「日税連」という。)が「税理士法に関する改正要望書」を機関決定した令和3年6月23日の日税連理事会において、税理士監理室課長補佐から下記内容の国税庁税理士法に関する改正意見事項(案)」が発表された。

(1)「質問検査権の対象範囲の拡大」として、税理士法55条の規定の射程範囲について、「元税理士」及び「にせ税理士」を追加する。

(2)「反面調査及び官公署への協力規定の創設」として、課税調査と同様に、税理士法においても、関係者に対する反面調査や官公署への協力要請に係る規定を新たに創設する。

 しかし、税理士法第55条は、税理士又は税理士法人に対する監督上の措置について規定しており、「元税理士」及び「にせ税理士」のような税理士でない者を含めることが許されるのか。税理士法は、税理士の制度を定める法律で、 税理士の使命、職務、税理士会・税理士会連合会の制度などを定めるほか、無資格者の税務の取り扱い禁止、税務を取り扱う表示の禁止、税理士・税理事務所の名称使用禁止などを定めている。税理士でないものに対する規定を税理士法に載せることはできないのではないか。

 また関係者に対する反面調査(得意先への帳簿等閲覧・提供要請)や官公署への協力要請などは、税務署が恣意的に行ってはならず、規定自体も作るべきではないと考える。

2.令和4年度税制改正の大綱

 上記国税庁要望は、「令和4年度税制改正の大綱」の「納税環境整備」「税理士制度の見直し」の「(10)税理士法に違反する行為又は事実に関する調査の見直し」に、次のように掲載された。

① 税理士法に違反する行為又は事実に関する調査に係る質問検査等の対象に、税理士であった者及び税理士業務の制限又は名称の使用制限に違反したと思料される者を加える。

国税庁長官は、税理士法に違反する行為又は事実があると思料するときは、関係人又は官公署に対し、当該職員をして、必要な帳簿書類その他の物件の閲覧又は提供その他の協力を求めさせることができることとする。

(注)上記①の改正は令和5年4月1日以後に行う質問検査等について、上記②の改正は同日以後に行う協力の求めについて、それぞれ適用する。

3.税制改正大綱に載った「ニセ税理士」への調査規定は取りやめに

 令和4年1月25日の時事通信に「財務省は25日、今国会での成立を目指す2022年度税制改正関連法案の一部を修正したと明らかにした。悪質な偽税理士を調査するための根拠となる規定をめぐり、内閣法制局から『法制的な観点から、そのまま盛り込むのは難しい』と指摘されたという。税制改正関連法案は18日に自民党総務会の了承を得ていた。財務省は問題の調査規定を削除した修正案をまとめ、25日に再び総務会の了承を得た。同党の福田達夫総務会長は記者会見で『財務省と法制局に食い違いがあったと認識している。二度とこういうことを起こさないことが大事だ』と再発防止を求めた。」との記事が載った。

 そして、変更された法案は下記のように、調査対象者から「税理士業務の制限又は名称の使用制限に違反したと思料される者」(いわゆる「ニセ税理士」)が抜け、反面調査の理由に「その他税理士業務の適正な運営を確保するため必要があるとき」が加わった。

 やはり税理士法に「ニセ税理士」を対象とした規定を入れるのは無理があること、「税理士法に違反する行為又は事実があると思料するとき」だけで税理士の得意先に反面調査をかけるのは無理があることが証明された形になった。

・国税庁長官は、第四十八条第一項の規定(※)による決定のため必要があるときは、税理士であった者から報告を徴し、又は当該職員をして税理士であった者に質問し、若しくはその業務に関する帳簿書類を検査させることができる。(税理士法第55条関係)

(注)上記の改正は、令和5年4月1日から施行する。(附則第1条関係)

・国税庁長官は、税理士法の規定に違反する行為又は事実があると思料するときその他税理士業務の適正な運営を確保するため必要があるときは、関係人又は官公署に対し、当該職員をして、必要な帳簿書類その他の物件の閲覧又は提供その他の協力を求めさせることができることとする。(税理士法第56条関係)

(※)今回改正で税理士法に加えられた「財務大臣は、税理士であった者につき税理士であった期間内に懲戒処分の対象となる行為又は事実があると認めたときは、その税理士であった者が懲戒処分を受けるべきであったことについて決定をすることができる。」とする規定。

4. 税理士法改正と電子インボイス

 電子帳簿保存法に関しては、令和3年度税制改正において電子取引データ保存について出力書面等の保存をもって代える措置が廃止されたが、令和4年度税制改正において、電子取引の取引情報に係る電子データの保存について、令和4年1月1日から令和5年12 月31 日まで引き続き電子データを出力することにより作成した書面等による保存を可能とする宥恕措置を整備することとされ、当該宥恕措置に関する改正省令が令和3年12 月27日に公布された。

 つまり、保存を要件に従って行うことができなかったことについてやむを得ない事情があると認められる場合に限り紙による保存が許される。

 この措置から見えることは、インボイス導入に伴う電子インボイスに対応すべく電子データ保存の義務化の準備をすべての事業者が行え、という当局の強い意志である。

 すると今回の税理士法改正の目玉で、前述の6月23日理事会で機関決定し改正案として発表された条文がそのまま法律になった2条の3(※)もこの流れに則った電子インボイスの担い手に税理士がなるという国税庁との申し合わせ事項なのだと考えられる。

 さらに電子インボイスは、事業者の取引情報がデジタルプラットフォームを介して税務当局のデータベースと紐づけされる可能性がある。

 こうなれば事業者はリアルタイム24時間反面調査をされているのと同じ状態になる。

(※)

 (税理士の業務における電磁的方法の利用等を通じた納税義務者の利便の向上等)
第二条の三  税理士は、第二条の業務を行うに当たっては、同条一項各号に掲げる事務及び同条第二項の事務における電磁的方法(電磁情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を使用する方法をいう。第四十九条の二第二項第八号について同じ。)の積極的な利用その他の取組を通じて納税義務者の利便の向上及びその業務の改善進歩
を図るよう努めるものとする。

5. 税理士法改正と反面調査

 今回の税理士法改正は、国税庁、日税連、財務省主税局との三者協議のうえで提案されたものと考える。取引先銀行、顧客等に対する税理士法違反行為に関する証拠資料の確保のための協力要請は、税理士法上の罰則はないものの、税理士等の懲戒処分等の適切な実施のため、積極的な協力を要請とされている。

 お得意様が資料提出を断ったとしても、反面調査特有の信頼関係にひびが入る可能性が高い。ましては納税者の権利擁護のための法律解釈で、当局と争った場合などにこれをやられるのでは、税理士の使命と逆行する抑止力になってしまうのではないか。

 税理士法第1条「税理士の使命」に「納税者の権利擁護」を明文化する、という税理士法改正とは全く違う、今回の改正は愚かな選択とならないことを祈るばかりである。