信託は怖い

 2024年08月28日

(第587号掲載)

申告期限間際に慌てた

 7月、地方出張のついでに久しぶりに温泉に入って帰ろうと決め込んでいたところにお客様から電話があった。出張直前に、相続税の最後の説明に伺い、すっかり終わったつもりでいた相続人A様からの電話であり、てっきり、納税しました報告かと思い電話に出たところ、「〇〇マンションを妻と共有にしたいのですが、相続税のやり直し、先生、まだ間に合いますか?」

 え?うそでしょう?・・・内心、動揺しつつもダメですとは言えません。相続期限まであと数日・・・急ぎ遺産分割協議書を作成する手配をし、東京へ戻った。

 ちなみに、相続人の妻は被相続人(Aの父親)と養子縁組をしていた。

相続登記できないかもと言われ焦る

 遺産分割協議書を手配した司法書士から、「奥様と共有にすると、その分を贈与もしくは譲渡した扱いになるかもしれません。相続登記できない可能性があります。」と言われ非常に焦った。司法書士の説明は以下の通りであった。

 〇〇マンションは、被相続人Bを委託者及び受益者、相続人Aを受託者とする『不動産及び金融資産管理処分等に関する信託契約公正証書』の中に記載されている信託財産の一つである。

信託契約の『第6条(信託の終了) 委託者が死亡したとき』と『第14条(権利の帰属者)信託終了時の際の残余財産の信託財産については、受託者に帰属させる』の記載から、信託財産を共有名義にするということは、権利帰属者である受託者が相続放棄をしなければならない。しかし権利帰属者である受託者が相続放棄をすることが基本的にはできないと法律には書いてある。なので、いったんは受託者へ帰属した財産を、協議して半分を妻名義にするとそれは贈与になる恐れがある、という意見であった。しかし正直なところ自分がやったことがないだけで、もしかしたら相続登記でいけるかもしれない。法務局へ事前相談をしたい、時間をくださいと言われるが・・・時間はないのであった。

権利帰属者を特定しなければよかった

 信託法に詳しい弁護士にも相談したところ、今回のケースは権利帰属者を特定しているので、信託物件を共有にすることにより贈与といわれる可能性はあるとはっきり言われた。条文第14条で権利帰属者を法定相続人とする、としていれば、法定相続人の中の特定の者が残余財産を引き継ぎ、それ以外の法定相続人は権利を放棄する旨の合意(協議書作成)がなされれば、相続登記できると言われたが契約書の文言修正はできない。相続人へこれらを説明し、贈与認定される可能性があるので、あえてその道は選択せず、他物件を妻へ相続させてはどうかと話を切り替えて当該相続税の申告手続きは終了した。

信託は怖い

 被相続人Bの生前は別の税理士事務所が関与しており、その前事務所に勧められて信託契約を作成していた。Bが亡くなった後、Aが弊社に相続税申告を依頼してきた案件だったので、信託物件の存在を知らず引き受けた。の財産の全体像を把握するために、司法書士に名寄帳、不動産謄本等の取得を依頼し、財産調査を進めていったのだが、信託財産はBの名寄帳には掲載されておらず、謄本の取得対象からも抜け落ちていたのである。その後、前事務所が作成したBの準確定申告書が届き、名寄帳にはない不動産物件名に気づきAの名寄帳も取り寄せ、合点したのであった。

 信託された不動産は、謄本の原因に「信託により所有権移転」と表記され、Aに所有権が移転した登記になるため、固定資産税の課税通知書もA宛てであり、Bの名寄帳には掲載されない。そのため、Bの相続財産とは当初気付かなかったのである。Aも自身の所有と思い込んでいた。

 信託法上は所有権が移転しているが、相続税法上は相続により相続人が信託受益権を取得した時において、当該信託受益権の目的となっている信託財産の物件を取得したものとして相続税の課税対象となる。

 信託にもメリットはあるが、相続人が制度を理解してないこともあるし、条文通りに相続しないと相続で終わらない問題になる恐れもあり、信託は怖いとつくづく思った。