令和元年度 定期総会記念講演

 2019年07月20日

白鷗大学名誉教授 石村耕治

デジタル時代の税務専門職の展望

2045年、AI(人工知能)が人間の知能を超える

企業活動や事務のリアル経済市場からネット 経済市場への移行と企業活動・税務の今後

デジタルプラットフォームネットIT企業の所在

  1. 国境のある現実/リアル経済市場に確たる事業基盤を持つ企業や組織体(デパート・店舗、製鉄会社、繊維会社、病院、市役所、大学など)
  2. 国境のないネット経済市場(デジタル経済/データ経済市場、オンライン経済市場)に事業基盤を持つ企業

ビッグデータを使った電池・自動運転車の開発や販売、無人店舗の経営など、ものづくり企業のデータ産業化の形で現実/リアル経済市場に大挙進出してきた

国税庁の税務行政のスマート化構想に盛られた個人納税申告・納付手続のデジタル化・簡便化のポイントは、次のとおり

  1. 申告・納付手続のデジタル化
    ⓐ申告・納付の簡便化
    ⓑ税務相談の自動化
  2. 調査・徴収の効率化・高度化
    ⓒICT、AI、MLの利活用

タックス・アナリティクスとは

  1. 「タックス・アナリティクス(tax analytics)」とは、ビッグデータ、ML(機械学習)、AI(人工知能)などを使った税務判断を指す。これまでのような人間の頭脳を使ったマニュアル(手作業)による税務判断とかの意味ではない。
  2. 現時点では、“真の人工知能(AI)”が実現できるのかどうは定かではない。このことから、“人工知能もどき”のレベルといった方が的確かも知れない。
    ちなみに、AI(人工知能)の専門職を「ロボアドバイザー(robo-advisor)」と呼ぶ。

ML(機械学習)と、AI(人工知能)の違い

  1. 一般に、ML(機械学習)とは、「過去に起こったケースから、まだ起こっていないケースの結果を予測すること」を指す。
  2. 自動化やビッグデータの根っこには、デジタル技術の飛躍的な発展、応用がある。自動化やビッグデータによって、ML(機械学習)、AI(人工知能)の研究・開発が進められている。
  3. 最近では、日本将棋の試合で、ML(機械学習)やAI(人工知能)を持ったロボット(Bots)が勝ったりしている。ただ、どうして勝利したのかはブラックボックスである。

真のAI(人工知能)であることの最低条件

  1. 人間と同じあるいはそれ以上の認識のスキルを獲得していること。
  2. 決定・勧告を行う場合、そのプロセス(過程)について説明責任負えること(explainable)
           ↓

現時点では、実用化の目途はまったく立っていない。

AI、ロボット(bots)と説明責任

  1. ロボット(Bots)は、工場で24時間休まず、製品を作り続ける。ただ、工場のロボット(Bots)は、人間にわって作業をしている段階である。
  2. 一方、将棋の試合、勝負に挑むロボット(Bots)は、ML(機械学習)、つまりパターン学習、訓練データ(training data)の蓄積で、ある程度人間の知能に近い判断ができる。わが国の税務は、どうなのであろうか。
  3. 本物のAI(人工知能)となると、完全に人間の知能(MI)と同等、場合によってはそれ以上の判断や行動ができるようになる可能性は高い。
  4. ただ、現段階で、ML(機械学習)、AI(人工知能)は、結果は出すけれども、その論拠とか、意思決定プロセスなどは説明できないと言われている。この点が、MI(人間の知能)と同様以上になるには重い課題である。

XAI(説明責任を負えるAI)とは何か?

  1. 説明責任を負えるAI(人工知能)は、「XAI=explainable AI」と呼ばれる。XAI(エックスAI)は、現在「ブラックボックス」になっているAI(人工知能)の意思決定過程の「ホワイトボックス」化につなげるテクノロジーである。
  2. 高度な認識スキルを備えたAI(人工知能)が完成したとする。そして、課税庁が、税務調査に納税者の申告情報、第三者提出(法定調書)情報などのデータをAI税務調査システムにインプットすれば、自動的に調査対象の選定が可能になったとする。この場合、課税庁は、納税者に対してそのAIシステムが出した選定結果について、どのようにしてその選定に至ったかというプロセス、論拠を説明(理由附記)できるかどうかが問われる。
  3. また、税理士がAI税務相談サービスを利用してクライアントからの相談事例に回答を用意するとする。この場合も、論拠の説明が問われる。XAIを必要とする理由である。

税法の解釈と予測分析アルゴリズム〔自動情報処理手順〕(1)

  1. 税法を具体的な事実に適用するとする。この場合に、適用する条項の内容を明確にするためには解釈をすることが必要になる。
  2. 課税は、国民の財産に対する貨幣(金銭)形態による公権力の行使であり、租税法律主義のもと、税法の解釈は厳格に行われるべきであるとされる。このことから、合理的な理由もなく拡大解釈や類推解釈が行われるべきではなく、「疑わしくは納税者の利益に(in dubio contra fiscum)」に解釈すべきとされる。
  3. これは、刑罰は国民の身体や財産に対する公権力の行使であることから、刑法は罪刑法定主義のもとでの「疑わしきは罰 せず」の解釈原理に従い厳格に解釈されるべきであるとするのとアナロジーにとらえようとするものである。
  4. しかし、課税庁は、今日でも「疑わしきは国庫の利益に(in dubio pro fisco)」と主張する傾向が強い。ML/AI税務システムがこうした法解釈原理を入れて運用されないかどうかが問われてくる。

税法の解釈と予測分析アルゴリズム〔自動情報処理手順〕(2)

  1. こうした例からもわかるように、課税庁が、ビッグデータ、 データマイニング(DM)技術や予測分析アルゴリズム(predictive analytics algorithm)を利活用したAIシステムを立ち上げる場合には、税法の不文の法解釈原理をどのようにAIシステムに入れるのかも重い課題である。
  2. こうした問題は、課税庁が、ビッグデータ、データマイニング(DM)技術や「疑わしきは国庫の利益に」や「経済的実質主義」のような課税庁寄りに不文の税法解釈原理などをインプットした予測分析アルゴリズム(predictive analytics algorithm)を利活用したシステムを立ち上げ、無申告、脱税や悪質な租税回避をしそうなターゲット(調査対象納税者)を抽出し、申告期限前の事前調査を頻繁化することが想定されるから、重くとらえる必要がある。

課税庁がAI等を利活用した信用スコア(格付け)に基づく納税者の格付けの禁止と、自動処理のみに基づく決定には服さなくともよい納税者の権利の保障の必要性

  1. コンピュータに集約された大量の個人データ、納税者データやこれらを利活用して生成されたDIF〔識別関数〕、アルゴリズム〔自動情報処理手順〕を装備したプログラムやAIがつけた信用スコアのよってプロファイリングされ、税務調査に選定されることは、人間、あるいは納税者の分類・仕分けが進み、差別化・格付けにつながる懸念は大きい。DIF〔識別関数〕、アルゴリズムのバイアスの有無について、納税者が口を挟める法的仕組みが必要である。
  2. 2018 年に施行された EU ( 欧州連合) の一般データ保護規則 (GDPR=General Data Protection Regulation)では、AIを使うなどして自動処理のみに基づき行われた自動意思決定( automated individual decision)、予測分析された結果には服さなくともよい権利をEU市民に法認している(GDPR 22条)。
  3. わが国でも、2020年に個人情報保護法制の改正が予定されている。しかし、現在のところ、こうした権利の法認については、検討のそじょうに上がっていない。

AIの進化で揺らぐ税務相談業務(1)

  1. AI(人工知能)の進化で税理士の税務相談業務が揺らぐのではないかと、税理士の生き残りを危惧する声も高まっている。国税庁の「税務行政の将来像」では、税務専門職の役割については一言もふれていない。
  2. 国税庁も「税務相談の自動化」とはいっているものの、ML(機械学習)、AI(人工知能)の進化で、どれくらい精度の高い自動化ができるのか、まったく展望がないのではないか。
  3. AI(人工知能)は、いまだ未知のステージにある。仮にAI(人工知能)の進化で税理士の税務相談業務にAIテクノロジーを利活用できるようになったとする。
  4. この場合、既存の業法、さらにはどのような職業倫理、職業賠償責任を負うのかが検討課題となってくるのではないか。

AIの進化で揺らぐ税務相談業務(2)

この場合、次のように大きく二つに分けて考える必要があろうかと思う。

  1. つまり、一つは、民間のIT企業が開発したAI税務相談サービス、あるいはAI/ML税務システム(tax AI/ML system, tax AI system)を納税者本人が利用する場合である。
  2. もう一つは、そうしたサービスを税理士が、(オペレーターとして)利用する場合である。
  3. それから、IT企業が開発したAI税務相談サービスシステムを不特定多数者や税務専門職向けに販売する場合には、税理士法との抵触の有無が問われてくる。

AI専門職は“機械”か “専門職”か?

  1. 納税者が、直接IT企業の有料の税務AIにアクセスして税務相談し、回答(アンサー)を受け取るケース
  2. 納税者(クライアント)が、税務専門職に案件の相談を依頼し、その専門職が有料の税務AIにアクセス・回答を得て、その解答をクライアントに伝達するケース

[1] 税務AI/税務ロボアドバイザーと税理士の報告責任義務との関係

税理士は、報告責任義務(民法654条)を負う。つまり、税理士は、依頼人である納税者からの信頼を保持するためにも、随時、依頼人に事務処理の状況について説明責任を負う。「説明責任を負えるXAI(explainable AI)」、あるいは人間の頭脳(MI)の助けをまったく必要としない「自律的AI(autonomous AI)」など、いまだこの世に存在していないことがネックとなる。

[2] 税務AI/税務ロボアドバイザーと税理士登録との関係

  1. 現行の税理士法は、個人のほかに法人も登録を認めている(48 条の2)。税務AI/税務ロボアドバイザーに正規の税理士試験を受けさせたら、皮肉にも人間よりは合格率は高いのではないか
  2. 税務AI/税務ロボアドバイザーの税理士登録も政策的には可能と解される。
  3. 通例、人間である税理士、あるいは人間の頭脳(MI)を持った税理士が核となって税理士法人を設立することになる。このことから、人間である税理士あるいは税理士法人は、税務AI/税務ロボアドバイザーのオペレーター的な存在になるかも知れない。
  4. ただ、税務AI/税務ロボアドバイザーが、不特定多数者を対象にネットサービスを展開することも考えられる。

[3] 税務AI/税務ロボアドバイザーと税理士会加入の関係

税務AIまたはロボアドバイザーが実用化された場合、政府規制緩和の精神にたち、税理士会は、医師会や歯科医師会のように、任意加入とする選択がありうる。

タックスプライバシーを守秘義務だけで護るのは至難

  1. 急速に税務のデジタル革命が進み、データエコノミーが全盛の今日、国税庁が、収集したタックスプライバシー(ビッグデータ)をふんだんにストックした新たな情報資料システムの構築を目指すとしても、このような巨大な課税庁データベース(DB)を「課税庁職員(公務員)の守秘義務で護る」との考えは、この時代にそぐわないのではないか。
  2. また、情報提供ネットワークシステム(マイナンバー制)をつかったデータ照合(情報連携)プログラムの拡大、ビッグデータ、アルゴリズムを用いたAI(人工知能)やデータマイニング(DM)技術や予測分析手法を使ったプロファイリングによる「予測的プライバシー侵害」も潜在的に拡大している。
  3. こうした状況のもと、課税庁職員(公務員)の守秘義務で、消費者・市民や納税者の情報プライバシー権を護るのは至難である。
  4. やはり、今日のデジタル経済社会にマッチしたデータ主体への情報プライバシー権の法認が不可欠である。独立した人権としての「タックスプライバシー」、「納税者プライバシー」を確立して包括的な対応を探る必要がある。

デジタル時代の納税者の権利のあり方

  1. デジタル経済の興隆に伴うビッグデータを活用した税務システムのAI化への市民・納税者・税務専門職が参加できる権利の保障
    【理由】 課税庁が、ビッグデータ、データマイニング(DM)技術や「疑わしきは国庫の利益に」や「経済的実質主義」のような課税庁寄りの不文の税法 解釈原理などをインプットしたバイアス(偏頗)のある予測分析アルゴリズ ム(predictive analytics algorithm)、ML(機械学習)やAI(人工知能)を利活用した税務システムを立ち上げ、信用スコアに基づく納税者の格付けや 調査対象納税者(ターゲット)を抽出し、申告期限前の事前調査や申告後 調査を頻繁化させることが想定されるからである。
    アルゴリズム(自動情報処理手順)や税務調査選定基準などの透明化を含む、AIを利活用した税務システムのホワイトボックス化には、市民・納税者・税務専門職の参加が不可欠であるからである。

  2. 納税者の忘れられる権利、「削除権」の保障
    【理由】 EU(欧州連合)のGDPR(一般データ保護規則第17条)に倣って、個人納税者の過去の課税漏れ等の事実が真実であったとしても、それが情報主体(納税者)の将来などを傷つけるおそれがあるときには、本人がグーグルなどのインターネットプロバイダー(ISPS)に対して無償で、ネットのリンクから削除してもらう権利を保障する必要がある。(報道の自由との利益調整が必要)

    内容が真実である場合の削除権(忘れてもらう権利)の所在
    内容が事実でないときの削除請求(個人情報保護法29条)
    内容が法令に違反しているときの削除請求(同法30条)
    内容が真実(事実)である場合の削除請求(忘れてもらう権利)?

  3. 課税庁がAI等を利活用した信用スコアに基づく納税者の格付けの禁止と、自動処理のみに基づく決定には服さなくともよい納税者の権利の保障
  4. バイアスのあるアルゴリズム〔自動情報処理手順〕やAIを利活用した結果発生する予測的プライバシー侵害に対する救済手続の保障
  5. モバイル(移動)端末フレンドリーな税務サービスを受ける権利の保障
  6. デジタルデバイド(情報技術格差)等に配慮した税務サービスを受ける権利の保障

むすびに ~デジタル時代の税務専門職の展望~

  1. ディスラプション(disruption/創造的破壊)の時代である。
  2. ネット市場経済に背を向け、リアル市場経済一辺倒を貫く老舗の事業が次々と破綻している。税務専門職はネット/デジタル税務の将来に注目すべきである。
  3. 2045年には、人工知能(AI)は人間の知能(MI)を超えるシンギュラリティ(Singularity/技術的特異点)に到達するともいわれている。
  4. ロボアドバイザー(bots)が税理士試験を受ければ、まちがいなく合格するはずである。また、XAI(エックスAI/説明責任のできるAI)が登場し税務相談の自動化も実現するであろう。
  5. 人間の頭脳(ML)不要の「自律的AI」の是非が問われている。
  6. AIが興隆し、税務専門職は、リアル市場経済でガラパゴス化し、絶滅危惧種と化すおそれもなくはない。
  7. 内向き、過去の延長線上の戦略では、税務専門職は将来の展望は描けない。