マイナンバーの拡大利用でどうなる国民・納税者の権利 ~納税者の権利が護れてはじめてデジタル化はゆるされる
白鷗大学名誉教授 石村 耕治 氏
2021年3月22日(月)、専税協議会初めてのオンライン研修が行われた。
以下、講演骨子。
はじめに~問題の所在
コロナ禍で、菅政権が取り組んでいるのは、コロナ収束に向けた出口戦略ではなく、過激な「デジタル化」ファーストである。
政府は、2020年12月25日に、IT総合戦略本部(高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部)が作成した「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」を閣議決定した。この基本方針を読んでも、プライバシーや人権の保護という言葉は一言も出てこない。つまり、菅政権にとり、「デジタルガバメントはハイテク監視国家」を意味する。”デジタル化推進に国民・納税者の権利が邪魔なら法律で排除すればよい”の手法を用い、権利をつぶすために法律を使う。マイナンバー(私の背番号)を汎用した人権をむしばむデジタル監視を容認すれば、この国は「デストピア(暗黒郷)」になる。
菅政権のデジタル監視国家づくりのメニュー
◆ハイテク監視国家に向けた主な個人番号カード利用エスカレートメニュー
・2020年7月 政府のデジタル国家戦略で「ショックセラピー」をアナウンス
・2020年11月 番号カードのスマホ申請書の発送開始
・2020年12月 政府のIT総合戦略本部が「ハイテク監視国家政策」を言明
・2021年2月 課税庁の銀行調査のオンライン化開始
・2021年 公金受取口座の登録・番号利用開始
・2021年3月 個人番号カードの健康保険証としての利用開始
・2021年3月 顔認証式番号カード使用オンライン保険資格確認システム
(Mシステム)の始動
・2021年9月 デジタル庁発足
・2023年3月 全住民への番号カード交付完了
・2023年 介護保険証と番号カードの一体化
・2023年 生活保護受給者医療扶助の医療券と番号カードの一体化
・2023年 学習成績の個人番号管理
・2023年 預貯金口座への付番開始
・2025年3月 運転免許証と番号カードの一体化
・2026年3月 外国人在留カードと番号カードの一体化
・2026年3月 国・地方自治体とのシステム統一
(現行の3本建ての国の個人情報保護法の一本化と地方自治体 の個人情報保護条例の一元化を含む)
◆マイナンバーカード(個人番号カード)拡大利用の問題点
①問われるマイナンバー・顔認証情報を使った国民監視制度への医療機関の総動員
政府・厚労省は、顔認証機能付きICカードリーダーを使い、患者のマイナンバーカード内のICチップを読み込み、オンライン資格確認を行うシステムつくりを進め、この3月から稼働させた。
総額1,000億円を超える国費を投じてシステムの整備、今後、全国22万か所の医療機関や薬局の窓口にカードリーダーを設置する。
そして、原則、患者本人がカードをかざして情報を読み取らせる。保険資格確認用のサーバーで照合するとともに、カードの顔写真で本人確認も行う仕組みだ。
このマイナンバーカードを使ったオンライン顔認証システムは、いわば「全国的な生体認証式国民監視カメラシステム網」を構築するようなものだ。
1台9万もするカードリーダーは無償だが、医療機関側は、この導入にかかった費用の4分の1程度の自己負担を強いられる。
生体情報は、生涯不変の情報である。漏れたり、悪用されたら取り返しがつかないことになる。こうした監視ツール、人権侵害ツールを全国22万か所に設置するのは、常時国民の基本的人権、プライバシー権を侵害し、憲法違反である。政府の狙いは「マイナンバー(背番号)+顔(生体)認証情報」を使った国民監視システム、「Mシステム」づくりに、医療機関などを総動員することにある。
医療機関は、健康保険証に替えて、患者の人権を蝕むオンラインの生体認証付き監視カメラシステムを設置するかどうかは任意である。また、カードリーダーを設置したかどうかにかかわらず、これまで通り健康保険証で診療することができる。
報道によると、日本医師会は、センシティブな医療情報をマイナンバーで紐づけるのには反対だが、受付での保険資格の確認に限りマイナンバーカードや顔認証を使うのであれば反対しなかったようだ。
日本医師会は、医療機関という”信用”をバックに患者/国民の”生体認証情報”を本人の明確な同意を得ないで釣り上げようとする政府・厚労省の悪巧みを見抜けないのだろうか。「Mシステム」づくりに協力することで、私たち患者・国民の基本的人権が蝕まれるのは由々しいことである。再考すべきである
②監視国家で国内パスポート化するマイナンバーカード
政府は23年度からマイナンバーカードと介護保険の保険証とをドッキングする計画だ。先行する健康保険所とリンクする方向で行政と医療、介護の手続きの一体化を狙っている。介護保険の保険証は、要介護認定やケアプランの作成を申請する際に必須のアイテムだ。
加えて、政府は23年度からは生活保護受給者が医療サービスを受ける際に必要な「医療扶助の医療券」も、マイナンバーカードでの代用を計画している。
マイナンバーカードは、本来、ネット(電子)政府サービス/マイナポータルを利用する際のツールであったのではないか?
実際は、リアル民間サービス利用の際の身分確認カードに矮小化されてしまっている。そのうち、警察官は、カードリーダーを携行して街中を巡回しだすだろう。国内パスポートのマイナンバーカードが見つからないと、お使いにも出られないデータ監視社会が待っている。
◆マイナンバー拡大利用の問題点
①子どもの学習成績をマイナンバーで国家管理~人格権のポイント評価
政府は義務教育の対象である小中学生の学習履歴やテストの成績をマイナンバーで紐付けしてオンラインで管理する仕組み作りをはじめる。2023年にも施行開始の方向だ。
しかし、子どもたちの成績のマイナンバー管理は、極めて重大な人権問題である。そもそも、国家が個人の成績などの個人情報を背番号で一生涯集約管理するなど、民主国家ではやってはいけないことである。
②銀行調査のオンライン化と納税者の権利
~納税者参加型の金融取引照会デジタルプラットフォーム
NTTデータ(株)は、2020年10月から年末まで、銀行照会業務のデジタル化実証実験を実施した。国税庁は、実施する預貯金紹介業務のデジタル化に向けた実証実験に、「ピピットリンク」サービス/デジタルプラットフォームを提供することになっている。
これまでのリアルの金融商品照会では、郵便局/日本郵政(株)がリアルのプラットフォーム役を担ってきた。これがデジタルの金融取引照会に変われば、NTTデータがプラットフォーム役を担うことになる。つまり、この実証実験のポイントはプラットフォーム・ビジネスの主役が変ることである。
この実験の表向きは、あくまで技術的な課題を解決することが狙いであるように装っている。しかし、実際は税務署の「反面調査」と深く関わっているわけで、デジタル化/オンライン化に伴う納税者の権利利益の保護が重い課題になる。
なぜならば、「反面調査」は、国税通則法という法律に定める税務調査/質問検査権の行使にあたる。この公権力の求めに応じた銀行その他金融機関内部でのたんなる業務処理合理化の問題ではない。
税法の規定に基づく調査の対象には「銀行その他の金融機関」が含まれる。とはいってもいつでも反面調査ができるというわけではない。「調査について必要がある」場合にしかできない。言い換えると、必要がないのに調査を実施すると違法になる。しかも、裁判所の判断によると、税務調査は”客観的な必要性”、つまり、税務署の調査官が主観的に必要と考える場合ではなく、第三者が見ても必要があると認識できた場合にはじめて調査ができることになっている。
今般の実証実験では、銀行口座へのマイナンバーの付番や口座保有者本人への通知などについては、一言も触れていない。課税庁の利便性ファーストで、納税者には恩恵・利益ゼロのモデルをベースに、課税庁の銀行照会業務のデジタル化実証実験を行っているのである。
こうした照会デジタル化/オンライン化/自動プランは、銀行が課税庁の税務調査の下請け機関化し、課税庁に納税者の金融プライバシーが垂流しになることが危惧される。納税者の情報プライバシー保護や税務手続きの適正化の面で重大な問題である。
また、顧客の口座情報とか、金融プライバシーとか、納税者の重大な権利利益問題が全く議論の対象になっていない。調査対象となった銀行口座の保有者本人のプライバシー、とりわけ「金融プライバシーの自己コントロール権」がまったく枠外におかれたまま、実証実験が開始された。
そこで、ネット時代の取引照会・反面調査手続きの適正化のポイントとして、銀行照会業務の中に、情報主体である納税者本人に憲法13条で法認された自己情報のコントロール権を保障する措置を組み込む必要がある。
◆今国会提出のデジタル改革関連法案一覧
①デジタル社会形成基本法案(内閣官房)
②デジタル庁設置法案(内閣官房)
③デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案
(内閣官房・内閣府本府・総務・法務・財務・厚生労働・農林水産・経済産業・国土交通省)
④公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律案
(内閣府本府・金融庁・財務省)
⑤預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律案
(内閣府本府・金融庁・財務・厚生労働・農林水産・経済産業省)
⑥地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案(総務省・内閣官房)
◆デジタル改革関連法案の概要と問題点
①デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案(下記多くの内容を含む58本の法案改定案)
・マイナンバーを活用した情報連携の拡大等による行政手続きの効率化
国家資格に関する事務等におけるのマイナンバーの利用及び情報連携を可能にする。
社会保障と税分野の32の国家資格をマイナンバーと紐づける。
・マイナンバーカードの利便性の抜本的向上、発行・運営体制の抜本的強化
マイナンバーカードの取得を前提に、電子証明書のスマホへの搭載を可能にする。
マイナンバーカードの発行・運営体制の抜本的改革として、自治体共管の組織体とされてマイナンバーICカード発行などの事務を担ってきた「地方公共団体情報システム機構(ジェイリス/J-LIS)」の国直轄化を強める。この改正が通ればJ-LISは、国の役人やデジタル[公安調査]庁が自由に操れる組織体になる。
・押印・書面の交付等を求める手続きの見直し(48法律の改正)
押印を求める各種手続きについてその押印を不要とするとともに、書面の交付等を求める手続きについて電磁的方法により行うことを可能とする。
②公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律案
公的給付の迅速かつ確実な支給のため、預貯金口座の情報をマイナンバーとともにマイナポータル(各種の個人情報をマイナンバーで紐付け、交換・照合して、行政事務の効率化や、不正の防止・摘発などを行う、プラットフォーム・ビジネスモデルのわが国の電子政府システム)にあらかじめ登録し、行政機関等が当該口座情報の提供を求めることができることとするとともに、特定公的給付の支給のためマイナンバーを利用して管理できることとする。
金融口座との紐付けは、今回の法案でもまだ任意だが、給付との関係で、事実上の義務づけ(例えば、あらかじめ口座を申請していないと受け取りが困難になる?)となる可能性がある。
③預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律案
デジタル社会形成基本法案に定めるデジタル社会の形成についての基本理念にのっとり、預貯金者の意思に基づくマイナンバーの利用による預貯金口座の管理に関する制度及び災害時または相続時に預貯金者又はその相続人の求めに応じて預金保険機構が口座に関する情報を提供する制度を創設する。
預貯金者の意思に基づくことを前提とし、一度に複数の金融機関の預貯金口座への付番が行える仕組みや、マイナポータルからも登録できる仕組みを創設し、個人番号の利用による預貯金口座への付番を促進する。
また、内閣官房説明資料「預貯金口座への付番等」の資料では、”付番は任意”というスタンスを維持しながらも、とくに、相続の発生や災害に備えて、あらかじめ銀行口座へのマイナンバーの付番の同意を得たうえで、預金保険機構が、本人のすでにマイナンバーが付番された口座以外の口座に付番するサービスを創設する、としている。
こうした提案は、相続税が関係してくる幅広い国民や税の専門職にも大きな影響を及ぼす。役人が主導でまとめ上げてはいけない。
なお、本来預金保険機構(2020年度:定員411人)は、金融機関が破綻したときに、預金者保護(ペイオフ)、つまり金融口座情報を集めて名寄せする仕事が本務だが、今日金融機関はそんなにたやすく破綻しない。そこで、組織の存続もかねて、様々な業務を担当している。内閣官房の構想では、法律(預金保険法)を改正して、預金保険機構がデジタルプラットフォームを使って各金融機関に金融口座があるかをデータ照合して、マイナポータル(政府のデジタルプラットフォーム)で回答する仕組みを構築するものとみられる。ちなみに、現在、預金保険機構は、マイナンバーを利用できることになっている。
届け出に基づき一度に複数の口座へのマイナンバー付番を可能とする事を実現するシステムが今後どのように発展していくかにも注意が必要である。
デジタル国家主義、ハイテク監視国家では国民は幸せになれない
菅政権は、コロナ禍で国民が危機感を強めるのを好機と捉え、この国の形をデジタル国家主義でまとめあげ、マイナンバーを駆使したハイテク監視国家を構築するための大本営、デジタル庁を立ち上げた。
マイナンバーを駆使した国家監視の対象は、国民の行動履歴や健康情報、子どもの学習履歴、金融資産や現物資産までエスカレートする一方である。
そもそも、税金を払った後の庶民のカネやモノを国家が常時監視するのは、市場原理を基本とする資本主義国家体制に合わない。
加えて、財産債務調査制度や国外財産調査制度などを整備し、個人番号(マイナンバー)の提示・記載を義務付けて、内外の個人資産の番号監視を強めている。
「個人番号/マイナンバーは、あくまで行政内部でのツールであり、憲法が保障する人権とぶつからない範囲でないと利用はゆるされない。」とする番号の利用制限に関する国是、国家政策を明確にしなければならない。
むすびにかえて~デジタル化に果敢に挑戦しない税界は絶滅危惧種になる
「人権が護られてはじめてデジタル化はゆるされる」とするルールをはっきりさせないといけない。このルールを徹底するためにも、税の専門職界は、デジタル化の波を毛嫌いせずに、デジタルに関する知見を豊かにし、デジタル化に果敢に挑戦してほしい。でないと、国の役人がバッコして、国民/納税者監視ツールである個人番号&ICカードの利用をエスカレートさせて、国民/納税者をデータ監視地獄、デストピア(暗黒郷)に封じ込めようとする政府のさまざまな政策を的確に批判することは難しい。
また、デジタル化への果敢な挑戦なくしては、そもそも税の専門職自体の生き残りが至難となる。銀行調査のオンライン化や預貯金口座への付番関連での相続時サービスなどは、序の口である。
今後、帳簿および請求書等保存方式から電子インボイス方式への移行など税務の新たな課題は目白押しである。こうした問題に、納税者ファーストの視点から批判的に点検してゆく際にも、ITに対する基本的な知見が必要不可欠である。
マイナンバーが、リアル+ネット双方の空間にわたり、国民・納税者をトータルに監視するツール(道具)にストップをかけないといけない。そのためには、逆に、国民・納税者が、憲法に保障された人権がむしばまれないように、マイナンバーが不必要に拡大利用されないように、常時監視しなければならない。