デジタル社会との付き合い方

 2023年08月07日

(第584号掲載)

 デジタル・トランスフォーメーションの推進が社会全体で広まっていることから、国税庁は、令和3年6月11日「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション-税務行政の将来像2.0-」を公表し、デジタルの利点を最大限に生かし、税務行政を進めていくことが重要であるとした。そこで、平成29年6月に公表された「税務行政の将来像」を改定し「デジタルを活用した、国税に関する手続や業務の在り方の抜本的な見直し」(税務行政のデジタル・トランスフォーメーション)に取り組んでいく方針を明確にしました。併せて、目指すべき将来像について、これまでと同様に「納税者の利便性の向上」と「課税・徴収の効率化・高度化」を2本の柱としつつ、「あらゆる税務手続が税務署に行かずにできる社会」に向けた構想を示すとともに、課税・徴収におけるデータ分析の活用等の取組を更に進めていくこととされています。

 「納税者の利便性の向上」として、「申告・申請等の簡便化」、「自己情報のオンライン確認」、「チャットボットの充実等」、「プッシュ型の情報配信」が示され、「課税・徴収の効率化・高度化」として「申告内容の自動チェック」、「AI・データ分析の活用」、「照会等のオンライン化」、「Web会議システム等の活用」が示されました。

 そして「税務行政の将来像2.0」を実現するためのインフラ整備として「納税者の利便性の向上」と「課税・徴収の効率化・高度化」に向けた施策を支えるため、「システム高度化と人材育成」、「内部事務の集約処理(センター化)」、「関係機関(地方税当局・関係民間団体等)との連携・協調」が掲げられています。

 このようにデジタルの利点を最大限に生かすことにより納税者の利便性が向上すると共に、「申告内容の自動チェック」、「AI・データ分析の活用」等から業務の効率化・高度化が更に進むことでしょう。そして将来、これらの収集した資料や情報を基にモニター越しから質問を行うAI税務調査官が出現するかもしれません。

 興味深いイベントが5月13日に東京大学の学園祭「五月祭」で行われました。それは、AI「ChatGPT」を裁判官として裁判を行う模擬裁判です。

 模擬裁判の内容は、元交際相手から嫌がらせを受けていた女性が、現在交際中の彼に相談したところ、現在交際中の彼が女性の元交際相手を刺殺してしまったことから、女性が共謀して殺害をしたかどうか疑いがかけられている事件です。検事や弁護士は、人間が務め、裁判官をAIである「ChatGPT」が務めます。判決は、被告が憎悪感を持っていたことは事実だが、具体的な殺害計画や共謀が確定的に立証されたわけではないことから無罪が言い渡されました。

 この模擬裁判では、公正な判決を導き出すために多くの課題を解決しなくてはならなかったそうです。裁判では終盤、検察官、弁護人の順番で主張を述べ、最後に裁判官が判決を言い渡す流れになっており、検察官が「有罪」、弁護人が「無罪」という順番で主張すると、全て「無罪」の判決になってしまうそうです。これは、「ChatGPT」のアルゴリズムの流れから直前の主張に偏ってしまう課題があることが確認され、逆に検察官と弁護士の順番を入れ替えると全て「有罪」の判決が言い渡されるそうです。つまり、主張する順番で判決が変わることになります。

 そこで、検察官と弁護人の主張について、3人の裁判官が話し合いで行えるように「合議制」にし、一人の裁判官には、検察官寄りの意見を、もう一人の裁判官には、弁護人寄りの意見を述べる役割を与え、そして最後の一人の裁判官には、二人の意見をまとめる役割を与える事にしました。こうすることにより検察・弁護側のどちらの意見にも影響を受けない裁判官が設けられ、公正な判決が出るように模擬裁判を工夫したそうです。

 通常の裁判は、争いごとについて事実認定と法律の解釈と適用が相互に関係し公正性が担保されています。一方、税務調査は、租税国家であることから官と民間で行われます。今回のAI「ChatGPT」を裁判官として裁判を行う模擬裁判では、公正性を担保する為にいろいろと工夫をされています。税務調査の現場では、公正性を担保する為にどのような工夫が必要になってくるのでしょうか。AIは、どのように情報を取得し、判断するのか明らかで無いところもあります。最近、マイナンバーに誤った情報が紐付けられる事例が発生しています。誤った情報を基にAI税務調査官から質問されたらどのように答えれば良いのでしょうか。「それは、事実と違います。」と、答えれば良いのでしょうか。誤った情報をどのように訂正・解消すれば良いのでしょうか。それとも「そこに愛(AI)は、あるんか!」と問い返せば良いのでしょうか。