「税制改正大綱を読む」                   デフレ脱却と中小企業の賃上げ                    

 2024年08月28日

(第590号掲載)

 『我々は、今、大きな時代の転換点にある。』これは、令和5年12月14日、与党により公表された令和6年度税制改正大綱の最初の文言である。

 私たちは職業柄、今回の改正項目はどのようなものだろうとの関心で大綱に目を通すため、あまり冒頭に記載されている「基本的な考え方」を読むことがないのではないかと思う。

 毎年行われる税制改正は、我が国が抱える課題を解決するために税制面から出来るアプローチが主な検討項目となる。

 では、現在、与党が考える解決すべき政治課題とはいかなるものであろうか。

 大綱では、『3年にわたったコロナ禍は世界中の人々の考え方を変え、国際的な産業構造の転換を加速させた・・・(中略)。その大転換の時代に、各国が、変化の先にある「新しい世界」を目指し果敢な挑戦を始めている中、わが国はさらに、四半世紀続いたデフレからの脱却という難題に挑んできている。長きに亘るデフレ構造に慣れてしまったため、デフレ脱却の生みの苦しみである物価高を前にして、生活や事業活動に不安を覚えている方も多い。

 しかし、デフレ下では、良い製品を生み出しても、高く売れず、働きが評価されず、賃金も上がらず、経済も成長しない。さらにその状態が四半世紀に及んだ結果、世界の物価・賃金との差が拡大した。いわゆる「安いニッポン」である。デフレ構造に逆戻りするわけにはいかない、このことを社会の共通認識とする必要がある。』

として、「デフレ脱却」を最重要テーマに掲げている。そのうえで、

 『30年ぶりの高水準の賃上げ、過去最大の民間投資など、日本経済は明らかに動き始めた。デフレ脱却・構造転換に向けた千載一遇のチャンスを逃さぬよう、この動きを止めることなく、より多くの方が享受できるようさらに拡げていく必要がある。

 継続的に賃金が増えることで、生活に対する安心が生まれ、働けば報われるという実感できる社会、新しい挑戦の一歩を踏み出そうという気持ちが生まれる社会、こうしたマインドが地方や中小企業にまで浸透するような社会を築かねばならない。それが、この数年間でわが国が達成すべき政治課題であると我々は考えている』

 として、今まさに冒頭に記載したデフレ脱却への転換点にあることを表明している

 今回の大綱の内容に目を通すと、デフレ脱却のための政策として「所得税・個人住民税の定額減税」「賃上げ税制の拡大」あたりがメインとなるだろう。

 政府が目指すデフレ脱却に向けて物価高に負けない構造的・持続的な賃上げを達成するうえで最大の課題は中小企業への支援のあり方となる。

 現在、我が国の雇用の7割を担う中小企業においては、未だにその6割が欠損法人となっており、税制措置のインセンティブが必ずしも効かない構造となっている。本大綱では、新たに5年間の繰越控除制度を創設し、これまで本税制を活用できなかった赤字企業に対しても一定の措置を設けたが賃上げへと繋がる実効性のある施策といえるだろうか、疑問が残る。

 そもそも中小企業の賃上げは、中小企業自身の取組みに加え、大企業等の取引先への労務費を含めた適切な価格転嫁が重要な要素となる。

 大綱ではこの点について『「従業員への還元」や「取引先への配慮」が必要なマルチステークホルダー方針の公表が要件となる企業の範囲を、中堅企業枠の創設に伴い拡大することとする。また、インボイス制度の実施に伴い、消費税の免税事業者との適切な関係の構築の方針についても記載が行われるよう、マルチステークホルダー方針の記載事項を明確化する。』としているが、まだまだ実際には、マルチステークホルダーは制度上のみの形式的宣言であり、一般に浸透しておらず効果的ものとは感じられない。

 インボイス導入時においても、政府は公正取引委員会による監視を制度的な担保としたものの現実には取引上の力関係にてインボイス取得または取引価額の値下げを強いられる状況となっている。  実効性の乏しいマルチステークホルダー方針の策定強化のみにより中小企業の価格転嫁の問題解決を委ねるべきではない。中小企業にとって原材料価格やエネルギーコストのみならず、労務費の転嫁が当たり前となるような社会風土を作る実効性の伴う政策は無いのだろうか。難題となるが政府は賃上げの推進とともに、大企業に対し中小企業との取引価額の決定の際に労働費等の価格転嫁が必要であることを強く要請していく必要がある