「デジタル化に向けて税理士はどうするべきか?」

 2024年09月09日

日本大学教授・税理士 阿部徳幸(あべのりゆき)

(第585号掲載)

1.はじめに

 令和5年度税制改正の一環として税理士法の改正もなされました。そこでは2条の3として「税理士の業務における電磁的方法の利用等を通じた納税義務者の利便の向上等」が新設されました。

 この新設は、デジタル社会形成基本法16条「事業者の責務」、すなわち「事業者は、基本理念にのっとり、その事業活動に関し、自ら積極的にデジタル社会の形成の推進に努めるとともに、国又は地方公共団体が実施するデジタル社会の形成に関する施策に協力するよう努めるものとする」を受けて、税理士・税理士法人(以下単に「税理士」ということにします。)が今後、取り組むべき方向性を明確にするため[i]とされています。

 この規定はいわゆる努力義務規定ですが、今後の「税理士の業務」にどのような影響を与えることになるのか、その概略をここでは考えてみることといたします。

2.「税理士の業務」と税理士を取り巻く環境

まず税理士法のいう「税理士の業務」規定を確認してみます。同法2条1項は「税理士業務」をして、①「税務代理」、②「税務書類の作成」、そして③「税務相談」をいいます。そしてこの「税理士業務」は、同法52条「税理士業務の制限」により、税理士の「無償独占業務」とされています。また同法2条2項は、税理士業務に付随した会計業務を、そして3項は「所属税理士」をそれぞれ規定します。そして同法2条の2は、いわゆる「出廷陳述権」、「補佐人」規定です。さらに今回2条の3が新設されました。

 最近の税理士を取り巻く環境を概観すると、2021年に国税庁は「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション‐税務行政の将来像2.0‐」を公表し、同年9月には、先のデジタル社会形成基本法が施行され、また2023年10月からは消費税におけるインボイス制度が動きだそうとしています。さらには納税環境整備としての「記帳水準の向上に資するための過少申告加算税・無申告加算税の加重措置の整備」をはじめ、記帳水準の向上に向けた取り組みが随所に渡りなされています。そしてわゆる電子帳簿保存法(以下「電帳法」といいます。)の度重なる改正、ここでも「優良な電子帳簿」なる概念が使われています(電帳法8④、電帳法規5①・⑤)。

3..電子インボイス・デジタルインボイス(電帳法

 電帳法は、「電子取引で授受した電子データの保存」以外は原則として任意としています(電帳法4・7)。しかし、消費税インボイス制度のもと、仕入税額控除(消税法30)を受けるためには、発行側も受領側も、原則として、電子インボイスを電帳法の規定に基づき保存する義務が生じてきます(新消費税法57の5⑥)。電子インボイス・デジタルインボイスを採用する事業者は、仕入税額控除を受けるためには、税務会計業務のデジタル化に迫られ、電子帳簿制度を導入せざるを得ないことにもなりそうです。デジタルインボイスが稼働すると、これに対応した会計ソフトでは自動入力がなされ、請求から決済までがデジタルで一括決済がなされ、会計業務が大幅に効率化されるともいわれています[ii]。これが現実のものとなった場合、税理士法2条2項のいわゆる「会計業務」とはいったいどうなってしまうのでしょうか。さらにはこの電子インボイス・デジタルインボイスをツールに収集された税務情報の活用とはどうなるのでしょうか。そこでは、①常時オンライン税務調査が可能、②監視資本主義、監視税務行政、そして③記入済電子申告書にエスカレートすることも予想されます。

 ここで「記入済申告書」という言葉が出てきました。韓国では、付加価値税の申告にこの制度が利用されています。「記入済付加価値税申告」制度では、事業者自身が国税庁にアクセスし、課税庁もとに集まった取引データをもとに作成した付加価値税申告書案をチェックし、事業者がその案で申告するか、その案を修正して申告するのです。この「記入済申告書」は、果たして申告納税制度(国通法16①一)に馴染むものなのかどうかという問題は確かに残ります。税理士法1条は「税理士の使命」として、「…申告納税制度の理念にそつて…」といいます。仮にわが国においても、この電子インボイスのもと、「記入済申告書」が導入されることとなったとすれば、これは税理士制度そのものを揺るがすことにもなりかねません。また税理士法2条1項2号の「税務書類の作成」業務とはどのように変質してしまうのでしょうか。

4. 電帳法と質問検査権

 電子インボイスをツールに収集された税務情報の活用の一つとして、常時オンライン税務調査が可能となることが挙げられます。クラウドに収集された税務情報、例えば総勘定元帳と電子インボイススの突合は容易に可能となるはずです。このような総勘定元帳と電子インボイスの確認作業を済ませたうえでの質問検査権の行使、すなわち税務調査とはどうなるのでしょうか。具体的には税務調査の現場でよくなされるいわゆる「期ずれ」の問題などは今後はなくなるということです。2020年7月から大規模法人を対象としたweb会議システムを利用したリモート調査が開始されました。いずれはこのようなリモート調査が一般的となるのではないでしょうか。そこでは調査官の「質問」は形式的なものへとなり、「質問応答記録書」形式になるのではないでしょうか。税務調査の録音・録画は当たり前となり、録音・録画データをAIで分析ということにもなりかねません。なぜなら税務調査の録音・録画は、アメリカをはじめとした先進諸国における対面型税務調査では常識だからです。

 では「質問応答記録書」とはいったい何なのでしょうか。これは実地の調査のときに、税務署の調査官が調査の対象とした納税者や納税者の取引相手などの関係者に対面で質問し、回答内容を記録し、記録後に回答者に対して署名押印を求める行政文書(公文書)と定義することができます。税務調査ではっきりしなかった事実を対面、問答形式などで確認し、証拠固めすることが目的です。なおこの「質問応答記録書」は、税務署の職員向けの手引書を基に納税者などに協力を求め作成.され、税法を根拠に作成しているわけではありません。これは納税者など回答者の権利利益に重大な影響を与えることになります。また税務署だけが手引書の具体的な内容を知っており、租税法律主義(憲法84・30)、「法律による行政の原理」から多大な問題が残るところです。

5.デジタル化と納税者権利憲章

 このような税理士、さらには納税者を取り巻く環境の変化というものを考えてみますと、やはりわが国においても「納税者権利憲章」の制定が急がれるところです。これまで先進諸国をはじめ多くの国々は、いわば競い合うように納税者権利憲章・納税者権利章典を公表してきました。「役所が主役」から「市民・納税者が主役でお客様」が世界的な趨勢のようです。例えばアメリカ内国歳入庁(IRS) 「納税者としてのあなたの権利」は、IRSの役割として、「アメリカの納税者に対し、最高の質のサービスを提供することにより、すべての納税者が自らの納税義務を理解したうえで果たせるように支援し、かつ、誠実・公平に税法を執行すること」といいます。また韓国国税庁は、納税者権利憲章の意義について、「国税公務員には、国民の納税義務の履行に必要なサービスを最大限に提供し、納税者の権益保護に最善を尽くす義務があることを記載することによって、納税者の誠実な納税義務の履行を間接的に表現した」といいます。わが国国税庁は、毎年「国税庁レポート」を公表しています。そこでは国税庁の使命は、「納税者の自発的な納税義務の履行を適正かつ円滑に実現する[1]」というに留まり、「納税者サービスの充実と行政効率化のための取組」として、「広報活動や租税教育、税務相談などにより納税者サービスを充実[2]」というにすぎません。世界的な流れからすると逆行しているようにもみえてしまいます。

6.おわりに

 ここまで今後のデジタル化と税理士の業務との関係を考えてみました。さらに今回、「税務相談停止命令制度」も新設されました。税理士法のいう「税務相談」業務も、申告納税制度の立場から、そして税理士法の立場からもう一度考えてみる必要がありそうです。何故なら諸外国においては、民間ボランティアによる税務援助は当たり前となっているからです。

どうもこのデジタル化に伴いもう一度、税理士法のいう「税理士の業務」について考えてみる必要がありそうです。また税理士としては、わが国唯一の「税務に関する専門家」として、納税者権利憲章制定に向け再び動きださねばならないようです。

[1] 財務省webサイト「令和4年度 税制改正の解説」735頁以下

https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2022/explanation/PDF/p0735-0796.pdf (2023年6月15日閲覧)

[2] 日本経済新聞2023年3月8日「銀行送金、インボイス連動」

[3] 例えば「国税庁レポート2022」7頁

[4 前掲(注3)11頁