電子化される税務調査

 2023年05月12日

(第582号掲載)

 狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く新たな社会として、高度に科学技術が発展した未来社会、すなわちSociety5.0が構想されています。仮想空間と現実空間を高度に融合させた、経済発展と社会的課題の解決とを両立させた、人間中心の社会をいうと定義されています。

 そうした状況のなか令和3年9月に、デジタル社会形成基本法が施行されました。その目的は、デジタル社会の形成が、国際競争力の強化及び国民の利便性の向上に資するとともに、少子高齢化などの我が国が直面する課題を解決するうえで極めて重要であることに鑑み、デジタル社会の形成に関し、基本理念・基本方針を定め、国等及び事業者の責務を明らかにし、デジタル庁の設置などの諸施策を迅速に推進し、もって我が国経済の持続的かつ健全な発展と国民の幸福な生活の実現に寄与することとされています。

 こうした国レベルのデジタル化の流れを受けて、国税庁は平成29年に公表した「税務行政の将来像~スマート化を目指して~」の内容を毎年更新し、令和3年6月には「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション~税務行政の将来像2.0~」とタイトルも改め、令和4年6月にも内容の更新を行っています。

 税務行政のデジタル・トランスフォーメーションとは、デジタルを活用した、国税に関する手続きや業務の在り方の抜本的な見直しとされ、紙の資料から電子データという、単なる電子化(デジタイゼーション)ではなく、扱う情報を始めから電子的に処理する、すなわち業務プロセスそのものを電子化する「デジタライゼーション」を目指すものであり、制度改革まで含むものとされています。

 税務行政の将来像2.0が目指すものは、納税者の利便性の向上及び課税・徴収の効率化・高度化とされており、概ね望ましい方向性と考えられます。昨年改正された税理士法第2条の3なども、これに沿った改正と捉えられるものでしょう。

 しかし等閑にできない事柄として、税務調査に関連したデジタル・トランスフォーメーションがあります。課税・徴収の効率化・高度化の取組状況からは、まず申告内容の自動チェック及びAI・データ分析の活用があげられます。国税庁は従前から国税総合管理システム(KSK)を利用して、申告データ、法定資料などの各種情報を蓄積・管理し、これらを分析することにより納税者に対する税務調査の必要性等を判断していました。ICT技術の進化やマイナンバー・法人番号により、膨大な情報リソースを扱うことが可能となり、最先端のAI・分析手法を駆使してシステム上で効率的に申告漏れ所得・資産の有無や税法の適用誤り等を把握し、マイナポータルやe-Taxのメッセージボックスを通じて納税者に自動的に照会することで、疑問点を迅速に解明することが望まれるとしています。またこれまで以上に、大口・悪質な事案に対して重点的かつ深度ある調査を行っていくとしています。

 次いで、Web会議システム等の活用に関しては、納税者の理解を得て、税務調査の効率化を進める観点から、大規模法人を対象にWeb会議システムを利用した、リモート調査を令和2年7月事務年度から実施しています。これは調査対象法人が機密性の高いWeb会議システムを日常的に利用している場合に、その法人の管理支配する場所で、そのシステムを利用して、その法人のセキュリティポリシーの範囲内で実施するものです。将来的には国税局等のネットワークシステムと、調査対象法人のネットワークシステムとを、セキュリティに配慮した方法で接続する、本格的リモート調査も取り組んでいくとしています。

 このように税務行政のDXが進み、ネット環境を利用した税務調査が本格化していくと、帳簿書類、証憑資料なども全てデータ化されることになりますが、その安全性については多くの問題があると考えます。憲法が保障する基本的人権から、自己情報コントロール権が導かれると考えられますが、納税者にとって個人情報、機密情報などをコントロールすることは極めて難しいものになります。目的外利用等の防止などの課題もあります。またこれらの電子データがネットワーク上に置かれることは、セキュリティ対策面からも不安が残ります。十分な議論と対策が求められるところです。