「103万円の壁」をめぐって
(第602号掲載)
このところ、いわゆる「103万円の壁」を巡る話題が大方の関心事になっていた。
この「103万円の壁」の103万円とは、所得税における基礎控除額と給与所得控除額の最低額との合計額である。つまり給与所得を有する者は、給与収入が103万円を超えると所得税の負担額が生ずることになる。これに加えて配偶者控除、扶養控除等の適用要件が基礎控除額と給与所得控除額最低額との合計額と同額のため、結果としてこれらの判定基準ともなっている。
昨年の衆議院選挙に際して国民民主党が、約30年据え置かれているこの103万円を、最低賃金の伸び率に合わせて178万円にすべきであるとする公約を掲げて勢力を拡大させた。少数与党となった自公政権は、この「103万円の壁」引き上げに関して国民民主党と協議を進めながら、与党税制改正大綱で、基礎控除額と給与所得控除額の最低額をそれぞれ10万円引き上げて、「103万円」は「123万円」へと引き上げることを決定した。
これを受けて令和7年度当初予算案が国会に上程されたが、その後国民民主党との協議は合意に至らず2月26日に打ち切られた。与党は租税特別措置法による「基礎控除の上乗せ特例」措置によって、所得制限付きながら所得階層ごとに基礎控除額に一定の上乗せ額を加算することで、「123万円」は「160万円」へと引き上げられる内容を含んだ修正案が提出され、3月4日衆議院で可決された。予算案と税制改正法案は年度内の成立が見込まれるという。
ここで語られている基礎控除額と給与所得控除額とは、全く性質の異なるもので、基礎控除額は憲法25条を受けた、「健康で文化的な最低限度の生活費」を課税対象から除外することを意図して所得税法に設けられた基礎的人的控除の本人分と考えられる。そもそも最低限度の生活費は担税力がないことから、課税の対象から除外されるべきであるが、所得税の課税所得金額の計算上、便宜として総所得金額から優先的に控除される所得控除方式によっているのが現状と考えられる。
一方給与所得控除額は、給与所得者の必要経費を賄う法定概算経費控除分のほか、源泉徴収されることによる早期納税の利子相当分、勤労性所得は質的担税力が弱いことに配慮する分、他の所得者に比して所得把握度が高いことに配慮する分を要素とするもので、基本的に生活費控除の性格を有しないものである。
この基礎控除額と給与所得控除額の最低額の合計額をもって、課税最低限とする考え方があるが、これには上述のように性格の異なる金額の合計額を「健康で文化的な最低限度の生活費」に当てはめるという矛盾がある。また合計額の改訂に最低賃金の上昇率をもってすることにも疑問が残るし、租税特別措置法による時限的な手当てで当座を繕うような方法はとるべきではないと考える。
そもそも憲法は租税に関して、30条、84条で租税法律主義の原則に基づく納税義務を定めており、同14条で応能負担原則を、25条では最低生活費非課税の原則を要請している。
また租税は、公平・中立・簡素を旨とすべきと言われてきていることから、基礎控除額について、憲法による「健康で文化的な最低限度の生活費」を基礎に、腰を据えて検討すべきではないのか。
参考文献 北野弘久『税法学原論』(勁草書房第9版)