電子インボイスとは何か~EUなどでの電子インボイスの危険な使われ方を検証する
白鷗大学名誉教授 石村耕治
(第570号掲載)
2021年12月16日(木)18時30分~20時30分に専税協議会研修会が行われた。
・ 今回の研修で、石村先生は、中小・零細事業者の落とし穴にもなりかねない22年1月1日施行の改正電帳法、そこに盛られた「電子取引の電子保存の義務化」を含め、23年10月1日施行の新消費税法に基づく消費税/付加価値税のインボイス(税額票)方式への転換や「電子インボイス」の導入について検証された。EUをはじめとした世界の「電子インボイスの危険な使われ方」の実情についても、各国の法制を深読みされた。 なお、電子取引のデータ保存2年間猶予については、24年1月からは有無を言わせずデータ保存の義務化を行い、青色取り消しも行うのではないかと指摘された。
■~問われる電子記入済み消費税申告制度!
・わが国のビジネス市場では、中小・零細事業者が大半を占める。こうした実情を織り込んで考えると、改正電帳法による電子データの電子保存の義務化や性急な電子インボイスの導入には大きな疑問符がつく。とりわけ、デジタル化の進捗が思わしくない中小・零細事業者には、費用対効果(コストパフォーマンス)が疑わしい。経済的弱者に「やさしくない」デジタル化政策の典型である。
・22年1月1日施行の改正電帳法では、電子データの紙面出力による保存を廃止する。つまり、電子保存を義務化している。言いかえると、帳簿等の電子保存導入を望まない事業者でも、取引相手事者から電子データを受け取った場合には、そのデータを電子保存しなければならないことになる。つまり、電子データ保存は、望む、望まない、の選択ではなく、事業者に実質上義務化される。この義務を果たせない中小・零細事業者は、個別税法上の帳簿等の保存要件とぶつかる。青色申告の承認取消しのリスクや消費税の仕入税額控除否認のリスクを負担するか、事業の継続を断念するかの瀬戸際経営を強いられる。
・改正電帳法ばかりではない。電子インボイスも、法制上は「任意」を装いながらも、取引相手が電子化すれば事業者はそれに対応せざるを得ない。逃げられない構図になっている。
・ 世界を見渡せば、付加価値税/消費税における電子インボイスの義務化(mandatory e-invoicing)に走る国が着実に増えてきている。狙いは、商取引や事業者情報のオンライン/ネットワーク国家監視の強化である。
・ つまり、近年のデジタル技術の進歩に伴い、24時間態勢で民間の商取引や事業者情報をコンピュータで自動収集・監視できる仕組みの構築が可能になってきたわけである。
民間のデジタルプラットフォーム企業を介在させないで、国家のポータルサイト(電子インボイスインフラ)に直接接続する形で電子インボイスを流通(発行・受領・保存)させるモデルには、市民・納税者からのアレルギーが強いのは当然です。
・ 各国の税務当局は、市民や事業納税者から「監視税務行政NO !」と突きつけられても、動じない。むしろ、納税者のデータ監視をエスカレートさせている。政府デジタルプラットフォームを介して、電子インボイスで交わされたあらゆる商取引情報を、各事業納税者の登録番号で振り分け、電子データで「リアルタイムレポーティング(real time reporting)」してもらう仕組みや、情報連携・AI分析できるシステムの構築に手をゆるめない。各国の税務当局は、データ監視資本主義のもと、「データは税収になる」との確信を強めているからであろう。
・ イタリアやポーランド、韓国などが適例である。これらの国では、付加価値税の課税漏れ(tax gap)防止のための「継続的取引監視(CTC=Continuous Transaction Controls)」システムの導入、そのために電子インボイスの義務化を進めている。
・ どの国でも、政府や税務当局は、「徹底監視で正直な納税者を保護できるのはデジタル化の恩恵」ともてはやす。しかし、大方の事業納税者や事業納税者の税務援助を生業とする専門職は、そんなPRを信じていない。表面きって「ノー」とは言えないだけである。
・ 税務の専門職団体であればこそ、デジタル化の名のもとに進められるデータ監視税務行政を客観的かつ慎重に評価し、公けにするように求められる。しかし、わが国の税務専門職団体には、そうした気概が感じられない。
・ これまでのリアルの税務調査では、税務当局は、納税申告の完了を待って実施するルールになっている。申告納税制度のもとでは、学問上、「事前調査」(申告期限前に実施される調査)は違法と解されている。ところが、リアルタイムレポーティングの仕組みでは、実質的に‟常時オンライン税務調査“も可能になる。
・ オンラインの常時調査を法律上どのように規制すべきは重い課題である。
・ とりわけ、わが国はリアル(現実空間/物理的空間/目に見える区間で)の税務行政でも、アメリカなどに比べると透明度が低い。「密室税務行政」とやゆされても仕方がない現実がある。
・ 法律の根拠もなく非公開の事務運営指針でおおっぴらに実施されている質問応答記録書の作成が典型である。納税者や関与税理士は悲鳴をあげているのに、税理士会や日税連は沈黙している。デジタル化された密室税務行政など国民・納税者、税務専門職は望んでいまい。政府、国税庁、デジタル庁などは、デジタル税務行政の透明化策を優先して提示しないといけない。
・ 付加価値税(VAT)への電子インボイスの導入は、いわゆる「記入済み電子付加価値税申告制度(pre-filling and electronic VAT return system)」導入の呼び水になるのではないかということである。
・ こうした新制度の導入の紐づけにつながる電子インボイス制度を、事業納税者の権利利益保護の視角から、どう評価したらよいのかが問われてくる。
・ 記入済み申告では、税務当局が申告内容を作成し、かつ第一次的な機械チェックを終えている。事業納税者は第二次的に修正を求める存在に化してしまう。
・ わが国でも、税理士法を改正し、税理士の業務の1つに、税務行政書類の電子化の担い手としての規定を設ける案が浮上している。
以上