沿革
こうして専税協議会は誕生しました
1966年に、大蔵省証券局が発表した、すべての株式会社への公認会計士監査の導入計画を契機として、税理士業界は未曾有の難局に直面し、”税理士は蒸発するぞ”という危機感がみなぎりました。
このときに、税理士業務を専業とする税理士(公認会計士、弁護士等を兼業しない税理士という意味)は、税理士制度と税理士会の将来を憂い、税理士桜友会、税理士同志会、青年税理士連盟、婦人税理士連盟(現、女性税理士連盟)などの有志が中心になって、当会の旧称である「専業税理士協議会」を結成しました。
設立総会は、1967年1月21日、新宿駅西口、朝日生命5階ホールにおいて開かれ、当時の東京税理士会会員の2割強に当たる約1,000名が参加しました。会場は税理士制度の将来を憂う税理士たちの熱気であふれました。
こうして、専税協議会が誕生したのです。
名称
当初、当会は、専業税理士協議会と称していました。その後、当会の影響と協力のもとに、全国各地に同様な協議会が誕生したため、東京専業税理士協議会としました。
しかしその後、専業か兼業かを区別することではなく、税理士の共通の目標に向かってできるだけ多くの税理士を結集することこそ重要であると1972年7月に確認され、名称から専業の二文字を削り、東京税理士協議会と改めることに決まりました。
ところが、この名称は東京税理士会と類似するので、1973年の総会で、現在の専税協議会(略称・専税協)の名称が確立しました。
専税協 活動のあゆみ
当会は、創立以来税制と税務行政の民主化ならびに税理士業界発展のために、情熱を傾けて活動してきました。
その主な活動は次のようなものです。
- 商法の改悪反対運動
- 1965年12月「全ての株式会社の監査役を廃止し、公認会計士による外部監査を行う。」という商法改正案が出て、それが専税協議会発足の発端となりました。その改悪反対運動は、専税を中心とした商法改正国民会議を立ち上げ猛烈に反対運動を繰り広げました。その結果、1974年春の国会で継続審議となり、同年秋の国会で、「資本金が5億円、負債総額200億円以上の会社に強制監査を導入する。」という提案に変更させることに成功しました。
専税協議会を中心として組織した商法改正国民会議は、以上のように全ての中小企業を守りました。 - 1976年、中小企業を含む「全ての会社に最低資本金制度導入をする。」という商法改正案が出ました。専税は中小企業に負担を強いる結果となるため反対運動をし、廃案に追い込みました。
- 税理士法改正運動
- 税理士会の民主的運営のための活動
- 日税連会長選挙制度を改革するための活動
- 税制の民主化、税務行政の民主化のための建議を行うための活動
- 納税者の権利救済制度を改善するための活動
- 機関紙「税界展望」の発行