納税者権利憲章(法)制定に向けた新たな動きを読む 納税者支援調整官の刷新/法制化とのパッケージで
石村 耕治
白鷗大学名誉教授/納税者権利憲章をつくる会代表委員
(第605掲載)
一般に増税、減税という場合には、課税ベースや税率、各種控除額などの上げ下げを指します。しかし、税務の第一線では、課税庁が、税務調査や徴収の強化で、増税をはかること(増差)が多いのです。いわば「隠れ増税」です。源泉徴収と年末調整で、確定申告が要らない給与所得者には、見えにくい増税です。
目下の最も注目される税金の課題は、消費税減税または廃止、インボイス制度の廃止などです。「隠れ増税」問題にはストレートに光があたっていない感じです。ところが、税務の第一線では「隠れ増税」問題はますます深刻になってきています。
税務調査で、調査官、上席が姿を消し、事務官、統括官でやっているのが目立ちます。とりわけ経験の浅い事務官は、権限を与えられている自分たちは何でもできると思い込み、危惧される状況にあります。おまけに統括官も勉強不足です。納税者の理解を得ずに反面調査をするなど、法的ルールを軽視し、納税者の権利を侵害することにためらいを感じていないように見えます。
それから、通常(任意の課税処分のため)の税務調査で「質問応答記録書」の乱用が目立ちます。質問応答記録書は警察の取調べ・供述調書に相当するものです。納税者を、刑事事件の被疑者のように取り扱うことにつながります。まさに人権問題です。質問応答記録書の適正化・透明化・法的統制は急務です。
このように、わが国での課税庁の権限乱用、法的手続軽視、徴税強化による「隠れ増税」問題は相当深刻です。この流れにストップをかけるには、わが国「課税庁の文化/カルチャー」を変えないといけません。納税者は「義務を果たすと同時に、権利を守ってもらえる」ことを課税庁に“保証”してもらえるようにしないといけません。
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「納税者の自発的納税協力に根差した申告納税制度の健全な発展!」。税理士界は、この言葉が大好きなようです。しかし、この言葉が本当に生きてくるには、納税者と課税庁の間を「ウイン・ウイン」の関係にしないといけないわけです。こうしたウイン・ウインの関係構築には、わが国でも「納税者は義務主体であると同時に権利主体である」とするスタンダードの確立が必須です。
民主主義が根づいている国々では軒並み、政府・課税庁が「納税者権利憲章(法)」を制定しています。課税庁の“サービススタンダード(基準)”を明確にし、“公権力を行使する税務職員のマナーを改善する”のが主なねらいです。課税庁は、税務調査などを受ける納税者に、納税者権利憲章をわかり易い言葉で記した書面を「保証書」として手渡すのが常識です。
これにより、納税者を「お客様(カスタマー)」として丁重に扱うことを約束します。にもかかわらず、納税者がスタンダード(基準)に合わない手荒い税務調査やハラスメントなどで傷ついたとします。この場合、その納税者は、課税庁内に置かれた執行部門から独立した苦情処理機関/納税者オンブズパースンに駆け込み、難しい手続をしなくとも、直ちに救済を受けられる態勢を整えています。
このように、民主主義が根づいている国々では、いまや納税者権利憲章(法)を制定し、使い勝手によい苦情処理機関/納税者オンブズパースンをセット/パッケージにし、課税庁が納税者サービスをするのが“常識”、“スタンダード”なのです。両者は、いわば1枚のコインの表裏のような関係にあるのです。
わが国にも納税者支援調整官という、納税者から苦情を聞く納税者オンブズパースンがいます。ところが、“名ばかり納税者オンブズパースン”と揶揄されています。機能不全常態だからです。刷新は待ったなしです。
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かつて、2010(平成22)年前後から、わが国でも、政権交代伴い、納税者権利憲章(法)制定の機運が高まりました。権利憲章(法)は成立寸前までいきました。ところが、抵抗勢力の動きが強く、土壇場で、納税者権利憲章(法)制定は頓挫してしまいました。財政当局や政党・政治家が、納税者権利憲章(法)を制定に抵抗するのであれば、それは、民主主義への挑戦と解してよいと思います。
いずれにしろ、わが国は、民主主義を標榜するのであれば、納税者の「権利利益」を確固たるものにしないといけません。国会・政府に納税者権利憲章(法)の制定を求めることは優先的な政治課題である状況には変わりがありません。
幸いにも、最近、新たな動きがありました。2025年2月18日に、立憲民主党(立民)が納税者権利憲章(法)を含む「所得税法等の改正法修正案」(改正法修正案)を国会に提出したのです。加えて、2月21日に、衆議院予算委員会で立民の階猛(しな・たけし)議員が、権利憲章制定を含む改正法修正案を関する質疑応答を行ったのです。
その後、立民は改正法修正案を引っ込めました。そして、3月31日に可決成立した令和7年度の所得税等の税制改正法の衆参両院の附帯決議には、次のような納税者権利憲章(法)実現に務める旨の規定が盛られました。
「十三 税務行政において納税者の権利利益の保護を図り、税務行政に対する国民の信頼醸成や適正を確保するため、納税者権利憲章の策定を含め納税環境整備について検討を行い、その実現に努めること。」
この附帯決議で、与党を含め国会は権利憲章の実現に努めないといけなくなったわけです。この附帯決議は、課税庁の「文化/カルチャー」を変えるための納税者権利憲章(法)制定の必要性を再確認、周知することにつながった、と評価できます。
2025年6月10日には、さらに時機を得た動きがありました。参議院財政金融委員会で、日本共産党の小池晃議員が、納税者権利憲章(法)制定や現在ある「納税者支援調整官刷新/法制化」に向けた質疑応答を行ったのです。小池議員は、次のようなポイントをあげ、納税者本位の納税者支援調整官刷新/法制化を勧告しました。
①「納税者支援調整官」が、財務相組織規則で設けられ、しかもその運営は国税庁内部通達[事務運営方針]で行われており一般に公開されていない。このことから、組織や運営について法的根拠の明確にする必要があること[国民・納税者は情報 公開法を使って開示請求するしか手立てがないのが現状]。
②年次報告書なども作成・公表されておらず、その活動実績も国民・納税者には透明になっていないこと[国民・納税者は情報公開法を使って開示請求するしか手立てがないのが現状]。行政評価の思考を欠いた納税者支援調整官の刷新が急務。
③納税者権利憲章(法)の制定とともに、手荒な調査や国税職員のハラスメントなど不当な事実行為で被害を受けた納税者の駆け込み救済をする納税者支援調整官を、現業部門から独立させ、かつ権限の明確化が急務。このためには、違法な課税処分などに対応する国税不服審判所を参考に、現業部門から独立した国税苦情処理機関創設が待ったなしであることなどを問い質しました。
しかし、財務大臣や国税当局者の説明は、お決まりの「役人答弁」でした。残念です。とはいえ、“名ばかり納税者オンブズパースン”とも揶揄される「納税者支援調整官」について、国会での初の質疑応答でした。今回、国会の委員会で“エビデンス”を残すことができました。重い意味を持ちます。今後の納税者支援調整官の刷新/法制化に向けた運動の足場強化につながるからです。それに、納税者本位/納税者ファーストの税務行政体制つくり運動を強力に後押しする梃子になったからです。
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自公連立政権が弱体化しています。いまが国会・政府に納税者権利憲章(法)制定を求める好機ではないかと思います。納税者団体や税務の専門職界は、国会を使いこなす作法をしっかり学び、再チャレンジが求められています。
現在の流れをうまくつかみ、納税者権利憲章(法)の1.0案を成立させ、“納税者の権利”の「橋頭保」、「法的足場」を築くことは大事です。 そして、さらに最適な納税者権利憲章2.0、3.0に向けて、民間機関がつくった納税者権利憲章に盛られたアイディアを注入し、切磋琢磨、改良を重ねていくのも一案です。原理主義的な完璧思考はいったん脇に置いて、結果を勝ち取る賢い戦術、「ディール(取引)」の心得が要ります。
7月26日(土)の定期総会でのレクチャーでは、納税者権利憲章(法)制定+納税者支援調整官の法制化・刷新についてセット/パッケージでお話します。こうしたパッケージ方式を採る韓国やアメリカの実例を紹介します。これにより、納税者権利憲章(法)制定+納税者支援調整官の法制化・刷新が実現した暁には、わが国の課税庁の納税者対応/サービスがどのように世界基準に変わらざるを得ないのかを、実証して見たいと思います。
今回のレクチャーへの積極的な参加と活発な議論をお願いします。限られた時間ですが、納税者ファーストの税務行政に向けた今後の展望を拓くため、自らの学びを深化させてください。
